長い間一緒に仕事をしていた友人から「クビになりました」と連絡がはいる。
20年近く働いていた組織からのクビの通達。
さどかし驚いたであろう。
組織設立当初から献身的にその組織を支えた人物なのに。おそらく彼がいなければ、数多くの窮地を乗り越えてはこれなかったであろう。
そんな彼をクビにするなんて。。
彼だけではないようだ。古株は全員クビらしい。

その組織ができるまで多くの人の献身的な労働がそこにはあった。
さらに言えばその組織の裏付けになるような小さいけれどとても存在価値のある組織があった。
その小さな組織の上に立っている、専門的な知識がある人なら誰でも分かる事であった。
組織発足当時は見向きもしなかった輩が、ある程度名声をてにいれ始めたら、猫撫で声でよってきた。
自分にはできない正義の真似事に参加し始めたのだ。
そんな人達には、その元々あった組織の重要性は分かるはずもない。逆にお荷物になっていく。

ベースになった組織から順に閉鎖。関わった人間を伐っていく。

そして最後はほぼ創立メンバーである人まで排除。

全てを経済的理由にするだろう。
苦渋の選択だと言うだろう。

ならばその選択は。。。と思うのです。


残すべき物は、元々あったその小さな組織の方なのではなかったのかと。
その組織の創始者は
「最後はこの小さな建物に戻ればいい」と常々言ってたと記憶する。
その信念は信用に値した。守るべきは名声でも社会的地位でもなく。ほんとに自分が見つけた大切な物だと言うことを教えてくれてた。
外部の戯言だけど
小さな組織を始めた頃のように志と信念を持ってその場所に戻る事の方が大切なのではなかったのか。
と思ってしまう。

社会的地位と文化芸術的な重要性を天秤にかけたときに、前者を選ぶ輩ばかりの意見を取り入れた結果かもしれない。
しょせん後からわいて出てきた名声ほしさの人達にはその小さな組織の存在の価値なんてわからない。

雪が降ろうが嵐が来ようが、小さな組織が大切に保管してきたそれに触れたくて訪れる人を待ち続けた。そこにほんとの志とこの事業を始めた意味があったのではと思うのだが。


今となっては、それもまやかしだったのかも、。。
そうは思いたくない。だが
現実はそんな夢物語は通用しないみたいだ。

とにかく古株一掃で新しくスタートできたんだろう。
何時ものやり方。
「皆の首を切るのは辛い」とか言ってそうだよ。
あくまでも自分は被害者でそれを理解しない周りの仕業だと言っているようだ。
責任とるならば、自分が辞めて、あの小さな館に戻ればいいのに。
本当の理解者がまた舞い戻るよ。
お酒を抱えて、ボロ着た若者や本当にその空間を愛した人達が朝まで宴会し始めるよ。